2008年7月27日日曜日

中央公民館でそば打ち指導

いままで広島市内の周辺部でそば打ちを指導していたが
この7月18日(金)を第一回として、中央公民館でそば打ち同好会が
発足した。
ここは広島城跡に近いから、広島市の中心であろう。




やっと市内のど真ん中へ進出することができた。
総勢10名のメンバーが揃った。
遠くは東広島から3名の参加者が馳せ参じてくれた。

もで大半はこの公民館に近い職場に仕事を持っている方がほとんどです。
元の職場の仲間やボランテャア活動を通じて知り合った方ばかりです。
もちろん、その方の友人もいらっしゃいます。

そば打ち同好会で講師がそばを打って、解説をしていると
時間がかかって、遅くなる。

やはり家族とご一緒に食べていただきたい。
ということでそば打ち同好会では実演も試食もしないことに決めた。

ただし、この会は第一回ということで、講師がそばうちを実演し、試食してもらった。
そのかわり、参加者のそば打ち実習は割愛した。

水まわしやこね、包丁など注意事項は丁寧に説明した。
小冊子「そば打ってみんさい」(発行:豊平どんぐり村)には簡潔な絵入りの解説があるので、
これを参考にして蕎麦を打てるように全員に交付。

また女性陣には北村製粉のロゴ入りエプロンを配った。
これは評判がよい。ただし、女性の方だけにした。
もうひとつの課題はノシ棒の使いかたです。

これを指導する先生に出会ったことはないが、
これをうまくコロガスにはワザがいる。
自分で開発した指導方法でその要領を学んでもらった。

もうひとつの課題は蕎麦のゆで方です。
熱湯の準備、湯掻く生麺の量、湯掻き時間、洗い方、シメ方、盛りつけ方など
もおいしく頂くには欠かせない工程です。

次回からは自らが打った生麺を持ち帰るので、これも
必須の作業工程です。

この公民館の自習室は広いし、調理台も大きい。
ゆったりとした気分で指導できる。

この会には経験者がいないので、高陽町のそばうち同行会から
3名の方に指導補助をお願いした。
男性1、女性2。いずれもべテランばかりだ。
暫くはこうした補助者に指導をお願いする方針です。

この会の特徴は女性陣が若いということです。
20歳台だ。しかもキャりアウーマンです。
職場も近い。

こうした中から女流そば打ち職人が誕生し、お店を構えるのも
この会の夢かもしれない。
シニアになってからでは遅い。
もっと覇気のある若手職人に自立の道を歩んでほしい。

実習室や調理台の広さからすると20名は教えることができる。
これからメンバーを増やして、賑やかで愉しい会にしたい。


以上

2008年7月21日月曜日

そば屋探訪「すみれい」・女流そば打ち職人の店

広島市内宇品のそば屋・「すみれい」さんを訪ねた。
はじめてのお店です。
そば打ち同好会の仲間お二人にも同行を願った。



電話で所在地を確認していたから、迷わなくてすんだが、
細い路地だがら、番地を確認しても、この店に到達するには
しばらくは右往左往するだろう。

その昔バス通りと呼ばれた道路からさらに入った路地に
のれん風の看板が下がってた。

馴れるとそれほど難しい立地ではない。
2台駐車できるスペースもある。
この日はそのまま駐車できたが、一杯になることもあるそうだ。

ここは女流そばうち職人の店です。もちろん、オーナーでもある。
もうひとりの同年輩のお手伝いの方と二人で切り盛りされているようです。

「おそばをお願いします」と2時ごろにお客さまが入って来られた。
「すみません。麺が切れましたので、今日は終わったのですが」と女アルジ。
道理で電話で確認したときに、何時になるか教えて欲しいと仰った意味がわかった。
その分だけ「お蕎麦」をのけて置くという心使いだったのだ。

ザルそばを注文した。女性陣も同様です。
蕎麦のあとは「アイスクリーム」です。
これは「そば入り」だという。
蕎麦の香りがかすかに漂う風味豊なアイスクリームで、美味しいと同行者の弁。

3年前に開業したという。
店内はやはり和洋折衷型で長テーブルに椅子である。



とにかく売れたら、店をシメル。
それに夜は営業しないそうだ。予約があれば開ける。
年配のご婦人だが、いい境涯じゃ。

場所がよくないから客が続かない仰るが
好きなだけ打って、売れたらそれでおしまいとは、蕎麦職人の夢じゃ。

誰だって、汗水たらして苦労はしたくない。
だが、家族を抱えてると
贅沢はいえない。

ザルそばが一番です。そばの味が一番良く分かるからです。
美味しい天ぷらと一緒に蕎麦を食べると、どうしても蕎麦が負ける。
だから、ザル蕎麦にはネギとわさび、おろし大根にツユと決まっています。
これだと蕎麦が引き立ち、美味しくいただけます。





店も新しく、常連さんが多いようです。
大通りからちょっと入ったひっそりとした住宅地に
のれがかかっている。
こののれんがないと民家と見間違う。

店内はお客さまの声がとどかないつくりになっているようだ。
しづかに蕎麦をたのしむ穴場かもしれない。

2008年7月19日土曜日

賑やかで愉しいイベント(7月)

1.7月8日(火)市内老人会でそばうち
  お招ききを受けた。
  地区の集会所が会場となった。15名。
  そばうちを見学して、試食するだけでいいということでしたが、
  包丁だけ参加してもらった。
  最初は太かったが、細くて長い麺になった。
  一名だけの参加でしたが喜んでいただきました。
  

  皆さんが一緒に膳を囲みたいという要望もあって、
  短時間の内に湯掻いて、盛り付ける作業がいるので、高陽そば打ち同好会の
  仲間2名に助っ人をお願いした。
  スッタフも皆さんと同じテーブルに座り、ご馳走になった。

  でも愉しかった。みなさんにも喜んでいただいた。
  この日、カラオケ予選で落選した演歌を披露するともりでしたが、
  時間の制約があって、この会の世話人さまの了解をえて中止しました。
  


2.7月11日(金)「納涼焼肉&そばパーティ」
  夕刻から始まった。総勢30名。
  パーティが始めるまでにそば2キロを打ち、待機。
  大好物のモルモンをご馳走になった。
  ビールがうまい。言うことなし。


  そばうち仲間の当社社員2名がそば打ちとしてデビューした。
  みなさんの前でソバウチを披露しする晴れ日である。
社員を前に見事なそばを打った。
湯掻き方は会社の常務夫人にお願いした。
  ベテラン中のベテランです。
  忙しいだけの裏方作業ですが、例年、湯掻きから盛りつけまでお願いしています、




  この日、気持ちよく過させていただき、ついに電車とバスを乗りついで帰宅しました。
  翌日、早朝に再び、出かけて運転して戻った。
  いつもながらの愉しいパーティでした。
  顔見知りの社員さんも増えた。
  


3.7月13日(日)日本語講師宅でそばパーティ
  市内のマンションで外人をまねいて、手打ちそばを振舞う会に参加した。
  アメリカ、中国、インドネシア、ギニア、ベネズエラなど国籍は多彩です。
  日本語教師宅ですから、すべて日本語で話すのがマナーです。
  ですから、ことばの問題で苦労することはなかった。
  こっちはユカタ姿にタスキがけでそば打ちを披露した。

  

  参加者にも麺を切ってもらった。
  太いのも細いのもある。
  でもそれは自分で持ち帰ってもらった。
  オマケは炭坑節。
  招待客もそれぞれお国自慢の民謡などを披露した。



 
 

  
  このパーティの主宰者は奥さまですが、ドイツ歌曲が趣味のご主人も
  設営から片付けまで、大変なサポートをいただいた。
  国際色豊なそばパーティの楽しさはまた格別です。

2008年7月6日日曜日

前日に打った蕎麦でも切れていないし、コシもあった。

蕎麦はいつ食べるのが美味しいか。

「さんたて」がうまいといわれるが、ほとんとうだろうか。

「さんたて」とは「挽き立て」「打ちたて」「湯掻きたて」を言う。

たしかに粉にしてすぐの方が酸化が進んでいないから美味しい。

湯掻きたてをそのまま長く置くと麺が延びてコシがなくなる。

こねて伸ばして切る一連の工程を打つというが

包丁で切ってすぐよりもしばらく寝かした方がうまい、とその道に専門家は言う。

高橋名人もその一人である。

ところが「そば打ち同好会」は夕刻から始まるので

自宅に持ち帰るころには家族の夕食には間に合わない。

従って、「いつ食べますか」と聞くと

「明日です、それでも切れたり、コシがなくなるということはありません」

とい回答が帰ってくる。

本当は当日食べてもらいたいが、それにはすくなくとも

19:00には帰宅できるような時間配分がいる。

そば調理時間を割愛すれば早く仕舞える。

4月からその方針で運営を始めたので、夕食に間に合うようになった。

ところが先週、打ったそばをプラパックに入れ、さらにビニールで包装し、冷蔵庫に収め

翌日夕方、取り出し、湯掻いて冷水で締めて、ザルで食べたが、味は変わらなかった。

麺も切れていないし、コシもあった。

翌日まで置くと、麺が切れると思い込んでいたが、全くの誤解でした。

でもやはりその日のうちには食べてもらいたい。

打ってから40分程度は寝かした方がうまい言われる。

「そば翌日まで持ちます」が蕎麦を美味しく食べには、

すくなくともその日のうちに食べるのがコツかもしれません。

2008年7月5日土曜日

蕎麦全書伝・・・日新舎友蕎子著(現代語訳)

そば打ち文化研究所・山手庵は

蕎麦に関する歴史研究も目標に掲げている。

この度、蕎麦に関する歴史図書を購入した。

わが国で蕎麦文化が花開いたのは江戸期である。

まず先人の足跡を辿ることも学問的には重要である。

その中に蕎麦全書伝(日新舎友蕎子著)があった。


著者は江戸の粋人で、江戸のそば屋にまつわる出来事など観察力も記述もすばらしい。


品書き、名物そばなど今に伝わるそばのワザなどの詳述もある。


少し余分があったので、先日お世話になったそば屋・ふくべ三(横川)に一冊寄贈した。


この店には、業界の蕎麦新聞などが客の目にふれるように置いてある。


めったに目にできない貴重な業界誌だ。


同じようにお客さんに江戸のそば文化に親しんでもらいたいという思で女主人に渡した。


冗談に「この本の中から、質問するかもしれんよ、時には読んでよ」というと


「まあ、ほんと!こまったわ」と、かわいい表情がチャメッケにゆるんだ。


「どうせ読めんじゃろうけえ、まくらもとに置いて、寝んさい!よう寝ねられるけえ」


これがいや味に聞こえないのを祈って近くのバイク屋へ戻った。